環境にやさしい初のワールドカップ

私が住んでいるミュンヘンは、サッカー・ワールドカップ(W杯)が行われているので、町全体がなんとなく非日常的な雰囲気に包まれている。

デパートや商店、駅、空港は
W杯がらみの宣伝や土産物であふれ、日本からの報道陣、外国人観光客や特別警戒にあたる警察官も目立つ。

サッカー好きが多いドイツ人のサラリーマンたちは、昼間に試合を見られないので、そわそわしている。

そこで企業の中には、夕方から飲み会を催し、社員に特設の大型スクリーンで試合を観戦させる所もある。私の知人の中には、日本からドイツへ1泊2日で試合を観に来るファンもいる。

*気候に悪影響を与えないW

さて連日の熱戦や好プレーに関する報道に隠れて、今回の大会が「環境保護に配慮する初めてのW杯」であることは、ほとんど知られていない。

W杯の主催者であるFIFAは、今回のW杯によって、気候温暖化につながる二酸化炭素などの排出量を増やさないことを目標とする「グリーン・ゴール」運動を展開してきた。

夜間の照明などのために、W杯で電力消費が増えることは、避けられない。

たとえば
W杯会場の一つである「ワールドカップ・スタジアム・ミュンヘン」は一晩で、4人家族の世帯が半年に消費するのと同じ電力を使う。

環境専門家の間では、
W杯による電力消費量増加のために、CO2放出量は10万トン増えると推定されている。

このため
FIFAは、第三世界でのCO2削減プロジェクトに資金援助を行い、10万トン分のCO2を減らす対策を行っている。

具体的には、
FIFAはインド南部のタミール・ナドゥの700世帯に、牛の糞をバイオガスに転換して、住宅に調理用の熱源を確保する装置を提供する。

これまで使われていた、薪やケロシンによる調理器具を廃止することにより、
CO2の放出量を減らすためである。

キャッチフレーズは、「気候に悪影響を与えない
W杯」である。

*具体的な目標を設定

さらに、FIFAは、@スタジアムの中のゴミを従来の大会に比べて50%、会場周辺のゴミを20%減らすこと、Aエネルギー消費量を20%削減すること、B水の使用量を20%減らすこと、C地下鉄などの公共交通機関で会場を訪れるファンの比率を、現在の40%から50%に引き上げることを、目標として掲げている。

FIFAは、今回の大会に限らず、サッカーファンやスタジアム管理者の環境意識を高めることも狙っている。

たとえばドイツのサッカースタジアムについては、欧州環境管理システム(
EMAS)を適用して、スタジアム管理者が環境や資源の保護についての対策を常に改善するよう奨励する。

たとえばスタジアムの屋根に太陽発電のためのモジュールを取り付けたり、冬の試合のために芝生を暖めるための装置には、省エネルギー効果が高いものを使用したりする。

さらにスタジアムの部屋の断熱効果を高めることによって、冬季のエネルギーを節約したり、節水のために水を流す必要がない乾燥式トイレを導入したり、トイレの水に雨水を使ったりすることも検討されている。

*発案は緑の党

「グリーン・ゴール」のアイデアは、FIFAやドイツサッカー連盟から来たものではない。

環境政党である緑の党でスポーツ政策を担当している、ヴィンフリート・ヘルマン議員らが、2001年に発案したもの。

2003年にはドイツの環境研究所が、「グリーン・ゴール」のコンセプトと、
W杯が達成するべき環境保護の目標を提案した。

サッカーの試合というと、これまでは環境に悪影響を与えるというイメージが強かった。

たとえばドイツで4万人の観客がブンデスリーガの試合を観ると、後には10トンのゴミが残される。

意外なことに、環境都市として知られるフライブルクのサッカースタジアムを除けば、太陽発電のモジュールを屋根に取り付けた競技場は、ドイツにもほとんどない。(フライブルクのスタジアムは座席数が2万5000しかないので、
W杯には使用できない)

もちろん自国のチームの勝敗に一喜一憂するファンが、どれだけ環境保護に関心を持つかは、未知数である。

だが、今回の
W杯の主催者が、環境や資源の保護について、測定可能な目標を持った世界で初めてのスポーツ大会をめざしていることは、一種の発想の転換であり、歓迎するべきだろう。

W杯のようなイベントにまで、環境保護の概念を持ち込むところが、環境意識の高いドイツらしい 

電気新聞 2006年6月15日